飲食店の人事評価制度の特徴とポイントを解説。

給与や待遇を評価する方法は多様ですが、その中の一つとして最近注目を集めているのが人事評価制度です。

 

では、飲食業界において人事評価制度を導入する場合、何に気を付けなければならないでしょう?

 

今回は、そもそも人事評価制度とは何かについて簡単に触れた後、飲食業界特有の課題とともに人事評価制度の特徴、ポイントについて解説します。また、店長やバイトなどの人事評価シートや目標設定などについても見ていきましょう。

 

人事評価制度とは?

人事評価制度とは、「企業の生産性向上」「適材適所による人材配置」「人材育成」などを目的に社員の評価を行う制度です。具体的には、企業の理念や目標を前提とし、「社員の能力」「社員の業績」「社員の意欲(情意)」の3点を基本として評価します。近年、年功序列型に変わる手段として大きな注目を集める評価方法です。

 

現在の飲食業界の動向

現在、飲食業界にはどういった課題があるのでしょう。まずは、飲食業界の動向を見てみましょう。

 

2020年以降、飲食業界は新型コロナウイルス感染拡大の影響により、特に外食産業は甚大な被害を受けています。

 

日本フードサービス協会が2021125日に発表した、「外食産業市場動向調査(2020年)年間結果報告」によると、2020年の売上は前年比84.9%で、この数字は1994年に調査を開始して以来、最大の下げ幅です。特に最初に緊急事態宣言が発令された4月には、前年同月比60.4%と単月では最大の下げとなっています。

 

業態別で見ると、ファストフードはテイクアウトやデリバリー需要が高かったため、前年比96.3%とそれほど大幅な落ち込みはありませんでした。しかし、テイクアウトやデリバリーなどに取り組んだものの店内飲食が基本となる、ファミリーレストラン(77.6%)、喫茶(69.0%)、ディナーレストラン(64.3%)などは大きく売り上げを下げています。

 

その中でも特に落ち込みが激しかったのは、夜間の売上が中心のパブレストランや居酒屋です。これらの業態は、前年比50.5%と約半分にまで下がっています。

 

また、202142日に帝国データバンクが発表した、「飲食店の倒産動向調査(2020年度)」を見ると、20204月から20213月までに倒産した飲食店は715件。この数字は過去3番目の高水準ですが、そのうち、「酒場・ビアホール」は183件と過去最多を更新しています。

 

これらの傾向は、2021年に入り持ち直したものの、度重なる緊急事態宣言の延長もあり、新型コロナウイルス感染拡大以前の2019年と比較すると、ファストフードは99.1%、ファミリーレストランは69.0%、パブ・居酒屋は26.5%(すべて20214月と20194月との比較・日本フードサービス協会調べ)と、コロナ禍以前の状況に戻るにはまだまだ時間がかかりそうです。

 

飲食業界における人事課題とは?

現在の飲食業界動向を見たうえで、次に飲食業界における人事課題とはどういったものかについて見ていきましょう。

 

2021526日、帝国データバンクが発表した、「人手不足に対する企業の動向調査(20214月)」を参考にすると。

20214月に非正規社員が不足している割合は、全体で見ると20.6%ですが、飲食業に限ると50.0%で全業種の中で最も多い数字です。ちなみに正社員が不足している割合は上位10業種には入っていません。

 

この結果から、新型コロナウイルス感染拡大の影響もあり、正社員不足の割合は増加していないものの、非正規社員の割合は増加していることがわかります。

 

非正規社員の需要が急増した理由としては、20214月の飲食業界の動向が大きく影響しています。

前出の、「外食産業市場動向調査(20214月度)」を見ると、飲食業全体で売上が136.7%(前年同月比)。特にパブ・ビアホール584.2%、居酒屋274.5%(共に前年同月比)は、2019年までに比べればまだ少ないものの、大幅に売上を伸ばしています。3月で2回目の緊急事態宣言(首都圏)が解除された後の一時的とはいえ、急激な売上増加が非正規社員の需要急増の要因と考えられます。

 

正社員の需要が増加していない理由としては、売上が増加したとはいえ、2019年までの水準にはまだほど遠い状態であることや倒産件数の増加により、全体の需要が減っていること。そして、飲食業界がもとより抱える課題である非正規社員への依存度の高さが挙げられます。

 

202146日、東洋経済オンラインが発表した「非正規社員への「依存度が高い」500社ランキング」。この結果を見ると、上位20位までに飲食関連企業が7社もランクインしています。

 

また、500位までを見ても小売業とともに外食業界の企業が多くランクインしていることから、急に売上が増加といった状況になるとすぐに人手不足になってしまうのです。これは、飲食業界での正社員不足が慢性化していることの現れであり、早急に解決しなければならない課題といえるでしょう。

 

飲食業界の最大の課題は定着率の低さ

そもそも、飲食業界は新型コロナウイルス感染拡大する前まで、常に人材不足が大きな課題となっていました。

 

厚生労働省による、「産業別入職者・離職者状況(2020年上半期)」の結果を見ると、「宿泊業・飲食サービス業」は入職率12.4%、離職率15.3%で、どちらも全産業でトップの数字です。これは、この時だけではなく、2019年の結果でも、入職率36.3%、離職率33.6%と、やはり全産業でトップの数字となっています。

 

これらの結果から、飲食業界は、ほかの産業に比べて一つの店舗に定着する率が非常に低い業界であるということが見て取れます。

 

飲食業界の定着率が低い理由

ほかの産業に比べ、なぜ、飲食業界の定着率が低いのでしょう?

その理由としては次のような点が挙げられます。

 

<入れ替わりが激しいため、スタッフ間の情報共有ができていない>

常にスタッフの入れ替わりが多い飲食業界では、社員、アルバイト問わず気がつくといなくなってしまっているといったケースも珍しくありません。また、知らない間に新たなスタッフが職場にいるケースも多く、スタッフ間での情報共有ができていないことが浮き彫りになっています。こうした状況では、新たに入るスタッフにとっても不安要素しかなく、互いによくわからない状態で仕事を続ける状況に不満を感じ、辞めてしまうという悪循環になっています。

 

<残業・休日出勤が多い>

残業や休日出勤が多いのも飲食業界の定着率が低い理由の一つです。人材不足が慢性化している業界であることに加え、非正規社員いわゆるアルバイトが多いのがその要因といえます。出勤が不定期であったり、急なシフトチェンジ、欠勤などがあったりで、その分を出勤しているスタッフが補うためにどうしても残業や休日出勤が増加。これが離職につながってしまいます。

 

<仕事をしっかりと覚えないうちから職場に出なければならない>

残業や休日出勤が多いことは、上述した以外にもさまざまな弊害を生み出します。働いているスタッフが忙しすぎるために、新人スタッフに十分な研修ができないのも弊害の一つです。何もわからない状態で職場に出されてしまい、失敗を繰り返していくうちに嫌気が差して辞めてしまいます。

 

<サービス業ならではの出勤形態に慣れない>

飲食店を含むサービス業の出勤形態は基本的にシフト制で、スタッフ間で休みたい日、出勤できる日を調整しながら出勤日を決めていく方式です。働く前は好きな時に休めると思っていたものの、実際に働いてみるとそうはならないケースが少なくありません。

「先輩や上司から先に休みを入れてしまい、新人はなかなか好きな日に休めない」「土日はほとんど先に休みを入れられてしまい友達や家族と遊びに行けない」などストレスがたまりやすくなります。

また、店舗の規模にもよりますが、シフト制は場合によっては何日も会わないスタッフも出てきます。そのため、何か困ったことや悩みごとがあった際にも、相談したいスタッフとなかなかシフトが合わずに不満がたまり、解消できないまま辞めてしまうのです。

 

<賃金体系に不公平感を持ってしまう>

ひと口に飲食業界といっても、仕事内容はキッチンとホールで大きく異なります。そのため、賃金体系もそれにより異なりますが、不公平感を持ってしまうのは、同じ内容の仕事をしているスタッフです。

たとえば、ホールスタッフで忙しいのにあまり動かない先輩のほうが給与が高く、忙しく動き回っている新人のほうが給与が低ければどうしても不公平感を持ってしまうでしょう。一般的にホールスタッフは、年功序列で長くいるほどに給与も高くなる傾向があるため、どうしても不平不満は生まれやすくなります。

 

飲食業界が人事評価制度導入すべき理由

前項で説明したように、飲食業界における人事課題で最も大きいのは定着率の低さによる人材不足です。2021年に入り、一時的に緊急事態宣言が解除された際の売上増を見れば、今後また同じような状況になった際には、これまで以上に人材不足が顕著になっていくでしょう。

 

その際にいかに優秀な人材を確保できるかで、飲食業として生き残っていけるかどうかが決まるといっても過言ではありません。そこで、おすすめしたい施策が人事評価制度の導入です。

 

人事評価制度を導入することで見込める成果とは?

人事評価制度とは冒頭で説明したように、スタッフの「能力」「業績」「情意」を評価し、待遇を決めていく制度です。この人事評価制度をおすすめする理由としては、次の点が挙げられます。

 

<スタッフのモチベーションアップにつながる>

働いた年数ではなく、入社間もないスタッフであっても、能力が高く働く意欲を持っていれば待遇が良くなる可能性があるため、不公平感を持たなくなりモチベーションアップにつながります。

 

<優秀なスタッフの雇用が可能になる>

人事評価制度を導入している飲食店は、まだそれほど多くはありません。そのため、新規スタッフを採用する際のアピールポイントとして使えます。その結果、能力が高く自店舗の理念、目標とするゴールを共有しようという意欲を持った優秀なスタッフを雇用できる可能性が高まるでしょう。

 

<店舗の売上アップが実現する>

優秀なスタッフが増え、そのスタッフが意欲を持って働くようになれば、当然、店舗全体の雰囲気もよくなります。その結果、売上がアップする可能性も高まり、その利益をまたスタッフに還元できる好循環が生まれるでしょう。

 

<スタッフ同士のコミュニケーションが活性化する>

人事評価制度では、上司とスタッフが定期的に話し合い、目標を達成したかどうかの検証を行います。そのため、スタッフの不安や不満も早い段階で解消が可能です。また、店舗の理念や目指すべきゴールがずれていないかの確認・修正もできるため、気持ちがバラバラになってしまうリスクを避けられます。

スタッフ同士のコミュニケーションが活性化するのも人事評価制度をおすすめする理由の一つです。

 

飲食業界で必要な人事評価制度の特徴

人事評価制度は、「能力」「業績」「情意」の3つの観点で評価すると説明しましたが、飲食業界での人事評価制度で欠かせない項目について説明します。

 

<業績>

飲食店の場合、個人の業績を数値化するのは簡単ではありません。そのため基本的には店舗で目標をつくり、それを全スタッフで共有します。そしてその目標を達成できたかどうかで評価を行います。

 

具体的には、「月の売上高予算達成率」「前年同月比でのアップ率」などが挙げられます。また、仕入れ担当者であれば「原価率」、人事担当者であれば「人件費率」、管理職であれば「営業利益率」なども評価項目です。

 

仕事の内容により、項目は変わりますが、基本的に数値化できるものを対象とした「定量評価」になります。

 

<能力・情意>

この2点については、業績のように数値化することが難しい項目が多くなります。たとえば、「仕事に対する意欲」「店舗の理念や目指すべきゴールの理解度」などは、なかなか数値化はできません。

 

ただし、難しいからといって曖昧にしてしまうと評価する人により差が生まれてしまい、不公平になってしまいます。そこで、細かく項目を定めてルール化し、評価基準を明確にしていく必要があるでしょう。

 

また、飲食業界では欠かせない評価項目として、QSC(クオリティー・サービス・クリンリネス)レベルのチェックがあります。これもそれぞれに評価ポイントを数値化していかなければなりません。

 

ただ、QSCに関しては、社内だけで行うのは難しいため、お客さまアンケートを行い、その結果を反映させるとよいでしょう。これら、数値化が難しい項目を対象としているのが「定性評価」です。定量評価と定性評価、この2つの項目をうまく組み合わせて、店舗独自の評価項目を構築していきましょう。

 

飲食業界における人事評価シート

人事評価制度では、上司、店長、マネージャーなど複数の評価者がスタッフの一人一人を厳格に評価していきます。

その際、欠かせないのが人事評価シートです。スタッフの仕事内容に応じてそれぞれの評価項目をすべて記した評価シートを作成し、それを基に評価者が評価を行います。

 

ここでは、店長の人事評価シートとアルバイトの人事評価シートでそれぞれの主な項目を見ていきましょう。

 

<店長の人事評価シート>

店長の人事評価シートでは、「売上高」「原価率」「人件費率」「営業利益」など数値化できるすべての業績目標達成率に加え、QSL、スタッフ教育など店舗全体の定性評価も評価対象です。

 

売上や営業利益といった業績でどんなに目標を達成したとしても、スタッフ教育が不十分では意味がありません。お客さまからの評判が良くないホールスタッフが多ければ、それは店長の責任であるため、当然、能力評価は低い点数です。店舗運営が滞りなくできているか、そのすべてを人事評価シートに記載し、評価を行います。

 

<アルバイトの人事評価シート>

アルバイトは、ホール、キッチンなど仕事内容により、人事評価シートも異なります。

 

たとえば、ホールスタッフであれば、「お客さまのニーズに応えているか」「ホスピタリティの重要性を理解しているか」「スタッフ間のチームワーク、良好な人間関係を構築しているか」「業務の準備・実施・振り返りはできているか」などが大枠となり、そこからまたいくつかの項目に分けて評価をします。

 

キッチンスタッフであれば、「効率的に調理が行えているか」「食材に対する知識を持っているか」「衛生管理は万全か」「常に調理技術の向上を目指しているか」などが挙げられるでしょう。

 

アルバイト(正社員スタッフも含む)の人事評価シートは、厚生労働省のWebサイトからダウンロードもできるので、参考にされることをおすすめします。

 

まとめ

コロナ過において大きな打撃を受けた飲食業界。しかし、コロナが終息すれば必ずまた以前のように慢性的な人材不足の状態に陥ってしまうでしょう。これを避け、優秀な人材の雇用・育成を実現させるには、今回紹介したように評価制度自体を大きく改革するのがおすすめです。

 

まだ、競合が導入していない可能性が高いからこそ、率先して導入し、来るべきコロナ終息後を強く生き抜く飲食店を目指していくことをおすすめします。