介護業界の人事評価制度の特徴とポイント解説。

介護業界における人事評価制度とは、どのようなものが適しているのでしょうか?

 

介護業界特有の課題とともに介護業界における人事評価制度の特徴、ポイントについて説明します。併せて、人事評価シートや厚生労働省推奨のキャリア段位制度などについてもご紹介します。

 

介護業界の課題

介護業界の課題として常にあげられるのは「人材不足」です。その要因として少子高齢化があります。

 

「令和2年版高齢社会白書」によれば、日本の総人口は12617万人。そのうち65歳以上の人口は3589万人、総人口に占める割合=高齢化率は28.4%となっています。

平成2年(1990年)の統計では高齢化率12.1%となっていますから、20年で高齢化率が倍以上になっており、少子高齢化が急速に進んでいることが分かります。

 

また、介護事業所・施設へのアンケート調査によると(「令和元年度介護労働実態調査」介護労働安定センター)、65.3%の事業所・施設が人手不足の悩みを抱えています。

職種別に見ると、介護職員については69.7%の事業所・施設が不足を感じており、訪問介護員については81.2%の事業所・施設が不足を感じています。

 

人手不足の理由として最も多い回答は「採用が困難である」90.0%です。そして、その原因としては「同業他社との人材獲得競争が厳しい」57.9%、次いで「他産業に比べて、労働条件等が良くない」52.0%となっています。

 

一方、介護事業所・施設で働く人へのアンケート調査では、労働条件や仕事に関する悩みについて最も多い回答は「人手が足りない」55.7%となっており、「仕事内容のわりに賃金が低い」39.8%より高く、介護現場での人手不足は賃金より大きな悩みになっていることが分かります。

 

こうした状況をふまえ、「①介護職員の処遇改善」「②多様な人材の確保・育成」「③離職防止・定着促進・生産性向上」「④介護職の魅力向上」「⑤外国人材の受入環境整備」など、政府もさまざまな人材確保対策を打ち出しています。

 

各介護事業所・施設においても、人材の採用・定着を図るために、働きやすい職場づくりを目指した労働環境の改善や人材の配置、処遇などに取り組んでいます。その際重要になるのが持続的な取り組みですが、人材の配置、処遇の基盤となるのが人事評価制度です。

 

人材の量的な確保と質的な確保につながる制度として「すでに導入している」、また「導入を検討している」事業所・施設が増えています。

 

介護業界が人事評価制度導入すべき理由

人事評価制度は一般企業の多くが導入しています。基本的には、社員の業績や能力を適切に評価し、その評価を給与や昇級、人材の配置に反映させる仕組みです。

 

制度の一般的な進め方としては、期初に社員が自ら目標を設定し、その目標達成に向けて自主的に取り組みます。その間、上司は部下の取り組みや目標に対する進捗状況を見つつ必要な助言や支援を行います。そして、最終的に上司と部下による面談を通じて評価を決定します。

 

適正な評価、処遇は社員のモチベーションの向上につながり、その結果として企業業績の向上が図られます。また、目標達成に向けた自主的な行動によって人材育成につながることも大きなメリットです。このことは人事評価制度を導入した介護事業所・施設の多くが効果を実感しています。

 

・自らの努力が評価結果から給与に反映されるなど、職員のモチベーションにもつなげている(グループホーム)。

 

・制度を作ることにより、教育する側の責任者(正規職員)にも責任感が生まれ、人材定着に効果が出ている(有料老人ホーム)。

 

・等級基準と給料表を整備し直し、それを職員に明示することにより一定の努力をすれば自身の将来計画に見通しがもてるということを職員に示せるようになった(特養)。

 

・定着率は、ざっと98%程度である。直近1年間の離職者は1名である。離職理由は、結婚転居によるものである(老健)。

 

・人事評価と賞与を連動させることにより、貢献している職員が正当に評価され報われる制度が構築できた。これにより多くの職員のモチベーションアップにつながっている(療養)。

 

上記のようにさまざまな報告があります(「介護労働安定センター」職場改善好事例より)。

 

人事評価制度は規模の大きな介護事業所・施設においては導入が進んでいますが、中小規模の事業所・施設ではあまり進んでいません。しかし、規模が小さく、職員の数が少ない中小規模の事業所・施設ほど人材確保は緊急の課題です。

 

人事評価制度の導入・整備にはさまざまなメリットがあります。制度を通した明確な処遇は職員のモチベーションの向上につながりますし、それによって利用者への介護サービスの質の向上を図ることができます。

 

また、やりがいを持てる環境は人材の定着率を高め、人材の採用においても明確な人事評価制度がある事業所・施設は魅力があり、求人活動がしやすくなります。

 

そのほか人事評価制度の導入には、事業所・施設の理念や将来的な展望を職員が理解し、共有する契機になる。帰属意識が向上するなどさまざまなメリットがあります。

 

介護業界における人事評価制度について

一般的な企業が実施している人事評価制度の評価項目は次の3つに区分されます。

 

・業績評価

「売上○%アップ」など一定期間における目標の達成度を、数値を軸に評価します。

 

・能力評価

職務を遂行するために必要な知識やスキルを評価します。コミュニケーション能力、折衝力なども評価対象になります。

 

・情意評価

遅刻や早退などの勤怠のほか、担当業務への意欲や責任感など業務に対する取り組み姿勢が評価対象になります。

 

介護サービスは「人」対「人」の仕事であり、利用者への気づかいやさまざまなシチュエーションに応じた適切な対応が重要です。そのため一般企業の人事評価制度をそのままあてはめることはできません。数理を軸にした定量的な評価より、数値では表すことのできないものに対する評価、定性評価が大切になります。

 

ただ、いま評価項目を「業績」「能力」「情意」の順にあげましたが、これは評価の重要性の順位ではありません。3つの評価項目を事業所・施設の理念や運営方針に適したものに組み合わせることが大切です。

「情意評価」を最も重視し、情意評価の段階で評価が低い職員については次の段階の評価に進まない、という形をとっている施設もあります。

 

また、人事評価制度の導入にあたって「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」を取り入れる事業所・施設も少なくありません。人事評価制度に活用できる内容になっているからです。

 

「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」は、介護職員の職業能力評価について、その評価基準や方法が事業所・施設ごとにバラバラであるため、キャリア段位という「共通のものさし」を導入し、人材の育成・定着を図ること目的にした制度です。介護職員の「できる(実践的スキル)」と「わかる(知識)」の両面を評価する仕組みになっています。

 

「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」の評価基準となる「レベル」は、エントリーレベルからプロレベルまで大きく4段階に分けられます。

       

・レベル1

初任者研修により、在宅・施設で働く上で必要となる基本的な知識や技術を習得。

 

・レベル2

一定の範囲で、利用者ニーズや、状況の変化を把握・判断し、それに応じた介護を実践。基本的な知識・技術を習得し、決められた手順に従って、基本的な介護を実践。

 

・レベル3

利用者の状態像に応じた介護や他職種の連携等を行うための幅広い領域の知識・技術を習得し、的確な介護を実践。

 

・レベル4

チーム内でのリーダーシップ(例:サービス提供責任者、主任等)。部下に対する指示・指導。

 

レベル4になると「プロレベル」として認定され、また「アセッサー」になることができます。アセッサーとはキャリア段位制度における評価者のことです。

 

「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」では「できる(実践的スキル)」と「わかる(知識)」の両面を評価するわけですが、「できる(実践的スキル)」については、事業所・施設内でアセッサー(評価者)が「評価基準」に基づいて職員を評価します。

 

評価基準は、大項目(3中項目(13小項目(41チェック項目(148)という構成になっています。

 

大項目は「①基本技術の評価」「②利用者視点での評価」「③地域包括ケアシステム&リーダーシップ」の3つに区分されています。

 

たとえば大項目の1つである「①基本技術の評価」には「入浴介助」「食事介助」「排泄介助」「移乗・移動・体位変換」「状況の変化に応じた対応」の5つの中項目があります。

 

そして、この中項目の1つ「食事介助」を見みると、小項目として「1.食事前の準備を行うことができる」「2.食事介助ができる」「3.口腔ケアができる」があります。

 

小項目にはそれぞれにチェック項目があり、「2.食事介助ができる」であれば、「①食事の献立や中身を利用者に説明する等食欲がわくように声かけを行ったか」「②利用者の食べたいものを聞きながら介助したか」「③利用者と同じ目線の高さで介助し、しっかり咀嚼して飲み込んだことを確認してから次の食事を口に運んだか」「④自力での摂食を促し、必要時に介助を行ったか」「⑤食事の量や水分量の記録をしたか」という5つのチェック項目が設けられています。各チェック項目は「何を」「どうできたか」が明文化されており、評価しやすい構成になっています。

 

アセッサー(評価者)は、こうした評価基準をもとに介護職員を評価するわけですが、この評価基準は介護職員のOJT用ツールとしても使うことができます。つまり、OJTを行いながら「できる(実践的スキル)」を客観的に評価できるということです。

 

「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」の人事評価制度への活用には、適切な能力評価によって納得性の高い評価ができる、評価に基づいた適切な処遇ができる、職員のモチベーションが向上し定着率が向上するなどさまざまなメリットがあります。

 

「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」は一般社団法人シルバーサービス振興会が主催しています。アセッサー(評価者)はシルバーサービス振興会の講習を受け、その後、自分の事業所・施設において職員の評価にあたります。そして、アセッサー(評価者)がレベル認定の基準に到達していると判断したならシルバーサービス振興会に申請書を提出し、審査の後、キャリア段位のレベルが認定される仕組みになっています。

 

 

介護業界における評価シートのポイント

人事評価制度の運用に際しては、評価シートが重要なツールになります。

 

介護事業所・施設で使用する評価シートの作成にあたって考えておきたいのは、評価シートに事業所・施設の理念や行動方針をいかに組み込むかということです。この点、「介護プロフェッショナルキャリア段位制度」の評価項目は現場での介護技術が中心になっていますから、別途工夫する必要があります。

 

企業の理念や行動指針の共有は人事評価制度の大きな目的の一つです。たとえば、株式会社メルカリは「Go Bold」「All for One」「Be Professional」という3つの行動指針を示しています。それぞれ、「失敗を恐れず大胆にチャレンジする(Go Bold)」「大きなミッションを全員の力を合わせて達成する(All for One)」「プロフェッショナルとして主体的に仕事に取り組む(Be Professional)」という意味を持っていますが、メルカリの人事評価制度では、この行動指針をどれだけ実践できたかを評価のうえで重視しています。

 

介護事業所・施設にある理念や行動指針を人事評価制度に取り込むことは、理念や行動指針の理解や共有に役立ちます。

たとえば「利用者の尊厳の尊重」「利用者への共感」「自立への支援」といった理念や行動指針があるとします。これを「利用者の意思決定を尊重しているか」「利用者の要望に耳を傾けているか」「利用者や家族に丁寧な応対ができているか」など具体的な行動基準にまとめ、評価項目に設定するということです。

 

また人事評価制度は、評価される個々の社員の自主的な目標設定が重要な要素です。介護事業所・施設においても、職員が自ら目標を設定することが重要になります。

何を、どのレベルまで達成するか具体的な目標を設定することが大切で、評価制度を導入する際には、目標の立て方について十分に説明する必要があるでしょう。

 

個々の目標は、事業所・施設の理念や行動方針、また運営の方向性とリンクしている必要があります。この点については目標設定面談を設け、すり合わせを行います。

介護の仕事は忙しい反面、ルーティンワークになりがちとも言われます。職員が人事評価制度の中で自ら目標を立てることは、モチベーションの向上や個人の成長につながり、その達成感、公平な評価が人材の定着を図ることになります。

 

評価シートの作成にあたっては、厚生労働省の「職業能力評価シート」にある「在宅介護業」も参考になります。現在、「介護サービス事業管理(事業所)」「訪問介護サービス」「通所介護サービス」「訪問入浴サービス」が公表されています。

 

評価シートは、「能力ユニット」「能力細目」「職務遂行のための基準」と「自己評価」「上司評価」「コメント」で構成され、評価は「〇、、×」で記すようになっています。

(〇=一人でできている、=ほぼ一人でできている、×=できていない)。

 

たとえば「訪問介護サービス レベル2」の能力ユニットの1つ「2.訪問介護サービスの実施」から「職務遂行のための基準」の一部を抜粋すると次のようになっています。

 

①介護サービス実施のための事前準備

「感染症予防のため、サービス開始前(排せつ介助、外出後、調理前等)に手指の消毒をするなど、対応を行っている」など7項目。

 

②サービス実施

「緊急事態や異変が発生した場合は、対応のルールに基づき、迅速・的確に対応するとともに、利用者や家族に対し、冷静な態度で不安を与えることなく対応している」など9項目。

 

具体的な「職務遂行のための基準」が示されていることで評価しやすく、評価の納得性も保てる作りになっています。

 

まとめ

自分の仕事、仕事に対する能力やスキルが適切に評価されることは、介護事業所・施設で働く一人一人のやりがいを生み、介護サービスの質を向上させます。そして、そうした介護事業所・施設は、人材の採用において魅力ある職場として強みを発揮しますし、採用した人材の定着率も高くなります。人材不足に悩む介護業界にとって人事評価制度の導入・整備は緊急の課題と言えるでしょう。

 

人事評価制度の導入・整備については、すべてを自社で行う例も見られますが、外部の専門家と共同で行うのが一般的です。

 

その理由の一つは客観的な視点が入るということですが、介護業界の場合、介護保険にも精通した専門家である必要があるでしょう。社会保険や人事・労務管理の専門家であり、また、介護事業に関する助成金についても精通している社会保険労務士にサポートを依頼することをおすすめします。