病院の人事評価制度の特徴とポイント解説。  医師、看護師などの評価項目とは?

病院における人事評価制度とはどのようなものが適しているのでしょうか?

 

病院のように業績に連動した人事評価ではない業界においても、人事評価制度を積極的に取り入れるケースが増えてきました。

 

今回は、医療業界特有の人事評価制度の特徴、ポイントについて説明します。また、医師、看護師の人事評価シートや目標設定などについても解説します。

 

病院の人事評価制度に関する課題

国公立病院をはじめ多くの医療機関では、公務員給与に準じた給与体系を採用していました。公務員の給与体系は経験が重視される年功序列型で、ほとんどの医療機関でも年功序列で給与額が決められています。

 

年功序列型の給与体系のもとでは、雇用主と従業員の関係を長期間安定的に保つことができます。雇用主は人材確保に悩まされることがなく、従業員は終身雇用が約束されて人生設計がしやすいという、双方にメリットのある制度です。

 

一方で、能力のある若年層が労働意欲をそれるうえに、経営状態にかかわらず右肩上がりの賃金を支払わなければいけないとういう側面もあります。

 

ところが近年は、社会を取り巻く環境の変化が激しく、公務員の働き方も経験値の高さではなく変化に対応できる柔軟性が求められるようになりました。さらに、景気の先行きが見えず右肩上がりの経済成長が望めなくなっており、勤続年数とともに給与を上げ続けることが財政的に困難になっています。そのため、公務員の給与体系に能力主義を取り入れる動きが出てきました。

 

医療機関も例外ではなく、勤続年数の長い医師や看護師を多く抱える病院は経営が厳しくなっています。民間企業はいち早く年功序列型から成果主義に切り替えて、コストカットと企業活動の活性化を目指しましたが、病院の経営はその社会的役割からビジネスとして割り切れない部分があるために、人事評価制度に多くの課題を抱えています。

 

病院における人事評価制度導入すべき理由

病院の人件費は上昇傾向にあるといわれています。その背景には、年功序列の公務員の賃金制度を参考にしたり、経営者の独断で昇給していたりするなど、社会の実情に合わない給与体系を採用していることがあります。そのため、職員の高齢化とともに一人あたりの人件費が高くなってしまっているのです。

 

給与が高くなりすぎたといっても、本人に問題がないのに減給したり、昇級を見送ったりするわけにはいきません。職員側で、納得のいかない給与に勤労意欲が低下し、さらに不満が募れば職員が次々に辞めてしまう事態に陥ってしまうかもしれません。そのようなことにならないために、人事評価制度を導入して職員が納得できる給与体系にしていく必要があります。

 

また病院では、医療者として優秀な人が昇進して管理職になるケースが多いのが特徴です。本人が持っている技術・能力とは違った、病院経営といういわば畑違いの職種に関わらざるを得なくなっています。医療者として優秀であることが経営に生きる場合もありますが、基本的に職能が違うので管理者として優秀かどうかは別の問題です。そのため、組織運営の能力を持つ人材を適所に配置できる人事評価制度が求められます。

 

このように、病院経営を根本的に改善するためには、新しい人事評価制度を導入して、職員が十分に能力を発揮して成果を出せるようにする必要があります。病院の実情や病院の職員の特性などを踏まえた人事評価制度を導入することは、給与体系を見直すとともに、病院が求める人材を育成することにもつながります。

 

病院・医療現場における人事評価制度の特徴

病院職員、看護師などについては多くの病院で人事評価制度が採用されていますが、医師に対しての人事評価制度は、ほとんどの病院で採用されていません。医師は仕事の専門性が高く、病院の中心的役割を担う聖域ともいえる職種なので、病院側としては誰がどのような基準で評価するのかを決めかねているのが実情です。

 

国公立の病院は、医師の報酬に関して、ほとんどのところで公務員の給与体系を採用している関係で年功序型になっています。私立の大きな病院の多くは年俸制を導入していますが、人事評価制度を採用しているところはあまりなく、病院経営者の独自の判断に委ねられている場合がほとんどのようです。

 

ところが、近年は医療の高度化などによって、チーム医療の必要性が高まっています。国の診療報酬改定の内容にも、いくつかの科の医師、専門性の高い看護師、技師などの医療スタッフがチームを組んで医療にあたることが求められるようになりました。したがって、チームの成果を左右する医師の人事評価制度の導入は急務となっています。

 

医療の現場は一般企業のように利益追及ではないので、病院の人事評価に必要なのは、病院としてどのような人材を求めるのかを明確にすることです。病院の理念に沿った思考や行動とはどのようなものなのか、「理念」という抽象的な概念を人事評価制度で表すことができるようにすることが必要です。

 

病院で行われる人事評価制度は、配属されている職場においてどのような人材が求めるのか、ひいては、勤務している病院でどのような働き方を求めるのかが評価の対象になります。

 

病院職員や看護師などは職能として求めたいレベルは明確にあります。しかし、診療技術や治療成績などが評価しにくい医師も含めての人事評価となれば、病院を運営する一員としていかに貢献しているかを評価することで、病院が掲げる理念が実現すると考えるべきでしょう。

 

病院・医療業界における人事評価シート

病院・医療業界における人事評価シートで大切なのは、マイナスの側面を探して減点していくような「減点方式」ではなく、プラスの側面を評価して加点していく「加点方式」にすることです。

 

人事評価制度は、給与額を査定するためであると共に、職員のやる気を引き出す、人材を育成するなども目的となります。

 

人事評価シートの項目の基準となるのは、「行動」「役割」「能力」の評価です。

 

「行動の評価」には、就業規則や上司の指示、病院内で遵守すべき事柄について適切に対応できているかどうか、求められている業務に対して持てる力を尽くしてやり遂げる姿勢を見せているかどうか、上司、部下・後輩と一緒に協力して目的を達成しようとする態度や行動ができるかどうか、自分の今の力量より高い目標に向かって努力しようとする積極性があるかどうかなどです。

 

「役割の評価」には、求められたり指示されたりした仕事が時間通り・期限通りできたかどうか、仕事が効率的かどうか、仕事の完成率、内容の充実度、正確性、信頼性など、仕事の質がどうか、部下や後輩に対して仕事のやる気を起こさせたり、技術や知識が向上するように指導したりできているかなどです。

 

「能力の評価」には、病院から期待され求められている知識や技能が備わっているか、業務に対して適切に判断できる判断力があるかどうか、設定された目標を達成するために有効な方法を考えて実行できる企画力があるかどうか、部下や後輩に対して適切な方向に導く指導力を発揮できるかどうかなどです。

 

上記の評価基準をもとに、実際の人事評価シートには次のような項目が必要になります。考えられる項目例をご紹介します。

 

<業務評価>

病院全体に対して、科目別に対して、個人の業績に対して設定された目標にどれだけ近づけたのか、数字で表せるものであればその成果数を記入する項目を、数字だけでは評価できないものであればプロセスを評価するための項目を設けます。

 

・業務の正確さ、困難さ

・出来高、処理速度、効率性とその結果

・目標達成度(数値)

・上司との連携が取れたか

・部下の指導・育成ができたか

 

<能力評価>

企画力、実行力、問題解決力、改善力など自分の持っている能力を業務の中でどれだけ発揮できたかを評価するための項目を設けます。

 

・現状を踏まえて妥当な企画や計画が立てられたか

日々の業務に創意工夫があるか

・問題点や変化を予測して改善策を提案できたか

・新しい考え方や、やり方を実行できたか

・業務上の問題点を見つけ解決できたか

 

<情意評価>

「情意」とは、人の思いや気持ちのことです。人事評価では業務に対する姿勢のことを意味します。積極性、責任感、協調性などを評価する項目を設けます。

 

・業務に積極的に取り組んでいるか

・責任をもって仕事をやり切っているか

・患者のために使命感をもって仕事をしているか

・周囲と協力して業務を遂行できているか

・自分の役割を果たして病院に貢献できているか

 

医師の人事評価シートについて

一般職員や看護師などは人事評価制度の導入が進んでいますが、医師に対する人事評価はあまり実施されていないのが現状です。しかしながら、チーム医療を推奨する国の方針や、財政見直しを迫られる病院経営の面から、医師の年棒基準を明確化する必要に伴って「聖域」への人事制度導入は必要に迫られていると言っていいでしょう。

 

医師に対して人事評価制度を導入することのメリットは、

「医師に対して病院の経営理念・方針などを浸透させることができる」

「チーム医療を推進できる」

「医師のモチベーションアップが図れる」

「優秀な医師であることの第三者評価が得られて病院自体の評価が上がる」などです。

 

デメリットとしては、人事評価制度自体への反感で医師が離職してしまうことが挙げられます。評価者が医師に対して納得のいく評価ができないと医師のモチベーションが下がってしまうので、事前に評価者のトレーニングを行い、時間をかけて少しずつ導入していくことが大切です。

 

病院の中でも、医師が他の職員と違うのは、1人で完結し得る独立した業種であるところです。患者の健康や、時として命に関わる業務に対して、利益や病院の理念にそった勤務態度などを求めることにためらいがあるのは否めません。しかしながら、医師といえども、同じ病院に働く職員です。病院の主力であることを考慮しつつ、医師が業務の質の向上を目指し、自ら立てた目標を達成することで病院の経営も向上するような人事評価制度をつくることは可能です。

 

医師に対する人事評価シートの項目例は、

 

・業務評価

目標管理表を作成し、課題の達成度を評価する。

 

・能力評価

知識・技術・決断力・危機管理能力・コミュニケーション力などを評価するための問いを設ける。

 

・情意評価

規律性・協調性・責任感・積極性・向上心などを評価する問いを設ける。

 

管理職にある医師の場合、上記の項目に加えて、能力評価では交渉力や指導力、情意評価では経営意識などを評価する項目も必要となります。項目ごとに5段階評価など数値化して項目ごとに客観的な評価ができるようにします。

 

ただし、医師の場合、一般企業のように一方的に評価をするのではなく、最初に人事評価シートを用いて医師の方で自己評価を行ってもらいます。それをもとに所属する科や部、局の長と面談してお互いが納得したうえで、最終評価者である院長に提出して最終評価を決めるようにします。

 

看護師の人事評価シートについて

看護師は、医師と同様に患者の健康や命に関わる仕事ではありますが、より患者に近い存在としてサービス業に近い業務内容でもあります。

 

医療の技術もさることながら、患者への細やかな気遣いや、医師やほかの看護師、病院のスタッフとの友好な関係構築が求められます。特に個人病院では、病院の印象を左右するような存在になります。

 

逆にいえば、病院が望む働きができているかどうかを評価の項目に加えることで、看護師の働き方を病院の掲げる理念に近づけることができます。その際、あくまで、病院の理念が患者のために尽くすことであることが前提です。患者を無視して院長の顔色をうかがうばかりの働き方を助長するような評価の仕方であってはいけません。

 

人事評価制度を導入するにあたって、経営者は病院内の現状をアンケートや個別面談などで把握する必要があります。病院創設当時から働いてくれた看護師に全てを任せきりだとしたら、そこに何かしらの問題が潜んでいるかもしれません。

経営者が家族のようにうまくいっていると思っていたものが、若い看護師がやりがいを感じにくい環境だったなど、経営者の思惑とは違う状況が見えてくることもあります。

 

人事評価シートの項目に関して、

業務評価」は、看護師の職務領域が広いことから、測定、検査、治療の介助、呼吸・循環管理など、担当する職務に関して細かく設定する必要があります。

「能力評価」は、研修制度を充実させたうえで、院長が求めるレベルを設定することで、各業務の技術が向上するような項目を設定します。

 

「情意評価」は、患者と触れ合う機会が多い分、医師より踏み込んだ行動基準を設定が必要になります。さらに、看護師は医師の指示に従ったり、ほかの看護師とチームを組んで業務を行ったりと、コミュニケーション能力も問われます。項目には、「清潔さを保っているか」「気持ちよく挨拶ができているかどうか」などの基本的な態度から、「感情が安定しているかどうか」「素直に業務に取り組んでいるか」などの自己コントロールを問うものまで設定される例があります。

 

なお、人事評価シートの項目の全てにおいて、それが「できる」かどうかを問うものでなく、「している」かどうかを評価する内容にすることがポイントです。

「できる」は、個人のポテンシャルに言及するものですが、「している」は具体的に見えるかたちで確認できるものになります。

この人はこれこれが「できる」人である、というのではなく、実際に「している」と確認できる項目にすることが大切です。

 

こうした人事評価シートを作成すると、看護師の目指す成長のステップが明示され、モチベーションアップにつながります。また、人事評価を実行した時に病院の看護師全体のレベルが把握でき、病院内の状況や問題点が把握できます。評価するために改めて業務の見直しなどをすることで、各看護師の役割が明確になるという利点もあります。

 

まとめ

一般企業のように利益を上げることを評価の基準にできないため、病院の人事評価制度の導入には難しい側面があります。かといって、病院も利益を上げることに無縁ではいられないので、医療業界の特性を加味した適切な人事評価制度を考えなければいけません。

 

病院にとって理想的な経営とは、患者のメリットを追求することで病院自体のメリットになっていくという循環です。患者ファーストの病院理念を明文化するなど確かな基準を設けて、医師をはじめとする病院職員の人事評価制度を構築する必要があります。

 

そのうえで、聖域であった医師の人事評価を医師の納得のいくかたちで導入すれば、病院経営を安定させることができます。さらに、看護師や病院職員の適正な人事評価が実行できれば、病院の理念が浸透し、病院全体の質の向上が見込めます。

 

いずれ、病院の経営側が確固たる意志を持ち、じっくりと問題に取り組み、解決し、前向きに人事評価制度の導入を進めていくことが大切です。