【テンプレート付】人事評価制度とは?採用定着などの目的から作り方、事例まで徹底解説

人事評価制度とは

人事評価制度は、社員の能力やスキル、会社に対する貢献度などを評価し、その結果を社員の処遇に反映させる制度です。主に「評価制度」「等級制度」「報酬制度」の3つから成り立っています。

 

・「評価制度」は社員の能力や業績、会社に対する貢献度などを評価する制度です。

・「等級制度」は、会社が求める能力や役割などを区分し、等級ごとの権限や責任、処遇などを決定する制度です。

・「報酬制度」は社員の給与や賞与などを決める制度です。

 

人事評価制度においては、この3つが互いに強い関連性をもっています。つまり、評価制度を主に考えれば、評価制度の評価が等級に反映され、等級制度の評価が報酬に反映されるということです。等級制度を主に考えれば、等級に期待されたレベルに対する達成度が評価制度で評価され、その評価が報酬に反映されることになります。

 

しかし、人事評価制度の根底にあるのは、会社にとっての財産である「人」を生かすということです。この点が、かつて多くの日本企業に取り入れられた「成果主義」と違う点です。

人事評価制度を理解するため、日本における人事評価の変遷について見てみましょう。

 

人事評価の移り変わり

成果主義は1990年代前半に多くの日本企業に取り入れられました。仕事の成果によって報酬や等級を決定する評価制度です。いわば実力本位の評価制度であり、社員の意欲の向上や企業業績の向上が期待されました。

 

成果主義が取り入れられた背景には、それまであった「年功序列」の評価制度が行き詰まりを見せていたことがあげられます。

 

年功序列制度は、勤続年数や年齢に応じて、等級や給与を上げる仕組みです。その前提には、職務上の能力やスキルは経験によって培われるという考え方があります。経験が長いほど能力やスキルが高くなるということです。この考え方には当然、反発もあったのですが実情を映す面もあり、また、長く勤めることで「会社への帰属意識や忠誠心が醸成される」「人材が定着する」「人材育成計画が立てやすい」などのメリットもありました。

 

しかし、年功序列は業績に関わらず給与が上がる仕組みであるため、勤続年数が長い人が増えれば人件費が高騰し、会社の経営を圧迫することになります。また、優秀な人材ほど成果よりも勤続年数が評価されることに不満を持ち離職する、年功序列に依存する社員が多くなると経営から積極性が失われるなど、年功序列のデメリットが顕在化し、そこで求められたのが成果主義でした。

 

ただ日本では成果主義と「目標管理制度」がセットで導入されました。目標管理制度は、組織目標に連動する目標を社員が自ら設定し、設定した目標の達成に向けて自主的に取り組み、上司はその取り組みを支援するというマネジメント手法です。

 

しかし、本来であれば、目標に対する進捗度合いや必要な支援について、上司と部下がコミュニケーションをとりながら進めることが欠かせない制度ですが、その部分が抜け落ち「目標に対する達成度」だけが評価される傾向がありました。

社員の自主性を重んじるマネジメント手法であったものが、成果主義と混じり合い、独特な形になってしまったということです。その結果、期待された成果は生まれず、あらためて人事制度の見直しが求められ今日に至っています。

 

人事評価制度の目的

人事評価制度の目的を確認しておきましょう。人事評価制度という名称から「評価」に意識が向きがちですが、人事評価制度の目的は「評価」ではありません。

 

①企業ビジョンの共有

人事評価制度は企業ビジョンの共有を目的にしています。企業ビジョンとは、企業の将来のあるべき姿、企業が目指す行き先、企業の未来像です。企業が目指す将来的な姿や方向性を共有することで組織の士気が高まり、一体感が生まれます。それは企業の発展、業績向上の核になるものです。

 

②人材の最適な配置

人事評価制度には、人材を適切に配置するという目的があります。具体的には、社員一人一人の能力や業績、貢献度などを適切に評価し、適合性などを見極めたうえで人材を配置するということです。自分に適した部署で十分に能力を発揮できる環境を嫌がる人はいませんし、個々の成長や成果も期待でき、人材の定着にもつながります。

 

③人材育成とモチベーションの向上

人材育成も人事評価制度の大きな目的の一つです。社員が意欲的に取り組むことができる目標、そして、明確な評価基準があれば、社員は「がんばれば正当に評価してもらえる」という安心感をもって仕事に取り組むことができます。そして、その過程で人材が育成され、モチベーションの維持・向上が図れます。

 

人事評価制度における3つの評価項目

人事評価制度における評価項目としては「業績」「能力」「情意」の3つがあげられます。

 

①業績評価

一定期間における目標の達成度に対する評価です。たとえば「売上高〇%アップ」「新規顧客開拓〇件達成」といった目標に対する達成度を評価します。目標が数値化されているため、評価も数値を軸に行うことができ、客観性を担保しやすいと言えます。ただし数値だけではなく、取り組んだ仕事の難易度や目標達成に向けたプロセスも考慮する必要があります。

 

②能力評価

職務を遂行するためのスキルや知識を中心に評価します。業種や部署によって評価の細目は違ってきます。また、業務に必要な知識やスキルのほか、理解力やコミュニケーション能力、企画力や折衝能力などさまざまな評価項目があります。

 

③情意評価

社員の勤務態度に対する評価です。遅刻や早退などの勤怠だけではなく、担当業務への意欲や責任感、チームで遂行する際の協調性など、業務に対する取り組み姿勢が評価対象になります。情意評価は、業績評価や能力評価に比べ評価に主観が入りやすくなるため注意が必要です。

 

 

人事評価制度の3つの評価手法

人事評価制度における主な評価手法を見ていきましょう。

 

①コンピテンシー評価

コンピテンシー(competency)は、一般的には能力、技能、適性と訳されますが、コンピテンシー評価では、優れた業績を残した人の行動特性を指します。高い成果を出している社員に共通している傾向や行動を行動特性としてまとめ、それを評価基準として評価する手法です。

企業理念や企業ビジョンから「あるべき姿」「理想型」を割り出してコンピテンシー評価を設計する例もありますし、理想型と実際に会社に在籍している人の行動特性を合わせて設計することもあります。

 

MBO(目標管理制度)

MBOは「Management by Objectives」の頭文字からきています。直訳すれば「目標による管理制度」です。一般的に「目標管理制度」と呼ばれる評価手法です。日本における人事評価の変遷についてお話しした際にも紹介しましたが、もう少し詳しく見てみましょう。

 

目標管理制度は、社員が自ら目標を立て、その達成に向け社員が自主的に取り組み、最終的にその達成度を評価するものです。まず、年度当初に目標を設定します。社員自ら「何を」「いつまでに」「どのように」「どのレベルまで」にするか目標を具体的に設定します。ただし目標は会社の目標、各部門・部署の目標と連動するものでなければなりません。そのために上司と部下で目標設定のための面談をもち、組織目標とのすり合わせを行います。

 

その後、目標達成に向けた取り組みがスタートしますが、上司と部下で進捗状況を確認しながら進めることが大切です。

 

評価においては、上司と部下で評価面談を行います。その際、上司は部下が納得できる根拠を示しながら面談を進め、次につながる言葉をかけるなどの配慮が必要になります。上司と部下、双方の納得のもと目標達成に取り組むことで、会社の業績向上、社員のモチベーションや能力の向上を図ることができます。

 

360度評価

人事評価制度に対する種々のアンケート調査を見ると、評価に不満を持つ人の割合が高く、その理由としては「評価基準が曖昧」「評価者の主観によって評価される」、この2つが上位を占めています。こうしたことを背景に取り入れ、構築されたのが「360度評価」です。

 

360度評価は、一人の上司だけではなく、評価される人の同僚や部下、また、他部署の人など、さまざまな立場の人が評価を行う評価手法で「多面評価」とも言います。さまざまな立場の人が評価を行うことで、評価に客観性が保てる、納得性が高くなる、評価される人が自らの改善点に気づくなどのメリットがあります。

 

その反面、他者を評価するトレーニングを受けていない人が評価を行うため、評価が主観や印象評価に傾く可能性がある、部下に評価されるということから上司が部下に対し厳しい指導を控える可能性がある、などのデメリットも指摘されています。

 

 

 

 中小企業にこそ必要な人事評価制度

「人材の定着を促す中小企業の取り組み」(「日本公庫総研レポート」2018年)というレポートがあります。サブタイトルは「従業員への意識調査にみる離職防止のためのポイント」とあり、中小企業をめぐる採用、定着、転職の状況に着目し、今後の中小企業のあり方を探ることを目的にしたものです。

 

レポートには、離職率が高かった時期を回想した経営者の「会社の急成長により長時間労働の状態にあった」「成果主義によって人間関係に亀裂が入った」「人材の教育・育成という観点がなかった」など生々しい声が載せられています。

 

また、定着率を向上させるための取り組みについてのアンケート調査も提示されています。その集計を見ると、人材の定着率向上の取り組みとして、「労働時間短縮・残業削減」「賃金水準の引き上げ」を筆頭に、「休暇の拡大・利用促進」「成果に対する適切な評価」「研修・スキル向上支援」などがあげられています。また、「福利厚生・住宅補助などの充実」「能力や実績を反映した昇給・昇格」という項目も上位にあげられています。

 

このうち「労働時間短縮・残業削減」「賃金水準の引き上げ」については、会社側の取り組みと従業員側の捉え方に大きな開きがあります。

 

会社としては「労働時間短縮・残業削減」にウエイトをおくものの(27.9%)、従業員側はそれほど効果があるとは考えていません(18.2%)。

また「賃金水準の引き上げ」については、会社側はなかなか踏み出しにくく(18.9%)、従業員側は効果が高いと見ています(29.1%)。しかし「成果に対する適切な評価」や「能力や実績を反映した昇給・昇格」については同スコアと言える数値になっており、いずれも人事評価制度によって実現可能な項目です。

 

また、「どのようなことがあれば離職しなかったか」という問いに対する答えとして、離職した社員の「職務を追加された理由を説明してくれていれば」「将来的に育てていくビジョンやキャリアパスが明確に示されていたら」という声も紹介されており、これも人事評価制度の目的である「人材の最適な配置」や「人材育成とモチベーションの向上」と関わるものです。

 

やや古いデータになりますが、人事評価制度がある企業の割合は、従業員数5000人以上98.3%、100人以上73.7%、3099人では39.4%となっています(「平成14年雇用管理調査結果の概要」厚生労働省)。企業規模が大きいほど人事評価制度の導入率が高く、企業規模が小さくなるほど導入率が低い結果になっています。

 

しかし現在、小人数でスタートしたベンチャー企業においても人事評価制度を導入する企業が多く見られます。企業の成長に伴い評価制度の必要性が増し、また、優秀な人材の確保のためにも人事評価制度が求められることを示していると言えるでしょう。

 

企業の経営資源は「ヒト・モノ・カネ」と言われますが、現在、中小企業にとって最も重要な課題は「人」の採用・定着、そして育成です。少子高齢化に伴い人材確保が難しくなっているいま、中小企業にこそ人事評価制度が必要になっています。このレポートにある各企業の取り組みを評価制度に絞って抜粋してみましょう。

 

A社(製造業 従業員数140人)

目標管理制度を導入。部門ごとに目標を設定し、そこから各個人の目標を割り出しています。評価は直属の上司が行いますが、従業員数が少ないことから社長以下、役員も目を通し、評価が適正かどうか判断できるようになっているのが特徴です。

 

B社(美容業 従業員数105人)

成果主義の弊害があったことから経営改革に取り組み、評価においては他者との比較ではなく、昨年の自分をどれだけ超えたか、昨年の自分を基準とした自己の成長率・伸長度を重視しています。

 

C社(機械製造業 従業員数170人) 

目標管理制度を導入し、業務における到達目標を点数化しています。ただし、目標がチャレンジングな目標であるか、必達目標であるかによって点数が変わる仕組みになっています。等級制度と連動し、業務の到達目標が等級制度に反映され、等級が給与に反映されます。また、各人が設定した目標をまとめたチャレンジカードや自己評価は、ほかの社員も閲覧できるようになっています。

 

人事評価制度に対する助成金

厚生労働省は「人事評価改善等助成コース」という制度を設けています。

 

「生産性向上に資する人事評価制度を整備し、定期昇給等のみによらない賃金制度を設けること」、そして、そのことを通じて「生産性の向上、賃金アップ及び離職率の低下を図る事業主」に対して助成金を支給する制度です。

「生産性の向上」「労働者の賃金の引き続き2%以上のアップ」「離職率の低下」という3つの目標すべてを達成した場合、助成金80万円が支給されます。

 

助成金の申請から受給までの流れは次のようになっています。

 

1:人事評価制度等整備計画の作成・提出

2:認定を受けた整備計画に基づく人事評価制度等の整備

3:人事評価制度等の実施

4:人事評価制度等の適切な運用

5:目標達成助成の支給申請

 

この制度へのチャレンジには、社員のモチベーションの向上や企業イメージの向上などのメリットがあり、人事評価制度の導入や改善を考えている企業に適しています。ただ申請の際に提出書類が多く、助成金の支給条件についても細かな設定があり、社会保険労務士など専門家にサポートを依頼することをおすすめします。

(なお、これまであった「制度整備助成 支給額50万円」は、令和3年度より廃止されています)。

 

人事評価制度の作り方

人事評価制度はどのように作り込んでいくのでしょう。基本的なところをおさえておきましょう。

 

①目標を明確にする

制度の作り込みにおいては、目標を明確にすることが重要です。

先に「①企業ビジョンの共有」「②人材の最適な配置」「③人材育成とモチベーションの向上」の3つの目的をあげましたが、現在の会社の状況と将来を見据え、より自社に合った目標を明確にすることで、実際の運用にそった評価制度を構築することができます。

 

②評価基準を決める

評価項目については、業績評価、能力評価、情意評価についてお話ししましたが、それぞれの細目と評価基準を決めます。評価基準は、求められる役割、期待する行動を基準に「何を」「どのように」「どこまで」するかをできるだけ具体的に規定します。具体性をもって詳細に設定することで評価者にとっては評価がしやすくなり、評価される側にとっても納得できる評価になります。

 

③評価の手法を決める

評価手法については先に「コンピテンシー評価」「MBO(目標管理制度)」「360度評価」をご紹介しました。ただ、それぞれを単独で使うこともできますし、組み合わせて運用する例もよく見られます。MBO(目標管理制度)にコンピテンシー評価を組み合わせる、MBO(目標管理制度)に360度評価をプラスするなど、自社に合った評価制度を構築することが大切です。

 

④評価の反映を決定する

評価結果を給与や賞与、昇級にどのように反映するかを決定します。給与、賞与、昇級は社員にとって重大な関心事ですから、評価と処遇をどのように連動させるかを明確にしましょう。この点をはっきりさせることは制度への信頼性を高めますし、社員のモチベーション向上にもつながります。

 

⑤社員への周知と評価者トレーニング

人事評価制度の設計が完了したら、説明会を開催するなどして社員への周知を図ることが大切です。また、制度の円滑な運用には、評価担当者のトレーニングが欠かせません。事前に研修を行い、制度そして評価方法について理解を深めてもらう必要があります。

 

評価シートの作り方

人事評価制度の運用にあたって、重要なツールとして「評価シート」があります。評価シートの内容は業種、業態、また部門・部署、階層によって異なりますが、基本的には「評価項目」、各評価項目に対する「評価基準」、そして「評価」という構成になります。

 

評価シートの作成は容易ではありません。自社で作成するケースも見られますが、外部コンサルタントに依頼し、共同で作成するのが一般的な作成方法です。

 

厚生労働省が公開している「職業能力評価シート」を参考に評価シートの項目や評価基準などを見てみましょう。ここでは各種の評価シートから「営業 レベル2」を取り上げてみます。

(「レベル2」は「シニア・スタッフ」と位置づけられています)。

 

職業能力評価シートには、「能力ユニット」「能力細目」「職務遂行のための基準」「自己評価」「上司評価」「コメント」と6つの欄が設けられています。

 

「能力ユニット」は、仕事を遂行するために必要な職業能力を活動単位でくくったものです。この能力ユニットを細分化したものが「能力細目」です。そして、細目ごとに「職務遂行のための基準」欄があり、評価の判断基準となる行動例や技能・技術が示されています。

 

「営業 レベル2」の能力ユニットは、「営業実務」と「営業管理」に分けられています。そして、それぞれの「能力細目」が「①担当業務に関する企画・立案」「②営業の推進」「③担当業務の評価」の3つに分けられ、各細目に「職務遂行のための基準」が示されています。

 

たとえば「営業実務」の「①担当業務に関する企画・立案」に対する「職務遂行のための基準」は次のようになっています。

 

・営業・販売に関する担当業務について役割を理解し、優先事項検討や課題発見・改善を進め、実行計画を策定している。

Web等を活用し、専門分野、周辺分野含めた積極的な情報収集をしている。

 

「営業管理」の「①担当業務に関する企画・立案」については次のようになっています。

 

・販売管理に関する担当業務について、社内外の関係者との報告・連絡・相談をもとに優先事項を検討し、実行計画を策定している。

・担当業務に関する関係部門との役割連携、プロジェクトの実施手順や事務的手続き等を正しく理解し、主体的に情報発信・提供を行っている。

 

そして、それぞれの項目について、自己評価と上司評価の欄が設けられ「〇、、×」の評価を行うように設計されています。

(〇:一人でできている、:ほぼ一人でできている、×:できていない)。

 

「評価項目」「評価基準」「評価」という基本的な構成になっているのですが、評価シートを作成するうえでは、仕事(業務)を洗い出し、項目や細目(単位)に分類し、それぞれについて適切な評価基準を設定することが重要になります。また、役職に応じた評価基準の設定、各評価項目のウエイト付けも欠かせません。

 

 

 人事評価制度の導入事例

20213月、「新卒社員年収1000万円」という見出しの記事が新聞各紙に掲載されました。

 

三菱UFJ銀行が2022年の新卒採用の一部に能力に応じて給料が決まる仕組みを導入し、大卒1年目で年収1000万円の可能性もあるという内容です。大手銀行で新卒社員の年収に差が出るのは初めてということで話題になりました。これまで金融界では横並びの人事制度が踏襲されており、メガバンクでも能力や成果による人事評価が導入されるということが注目されたのです。

 

この背景にはIT企業や外資系企業に流れていた優秀な人材を確保するという狙いがあります。しかし、人材確保はメガバンクに限らず企業にとって重要な課題であり、優秀な人材の採用、定着を図るために多くの企業が人事評価制度の見直しや整備を進めています。その事例を見てみましょう。

 

①サイボウズ株式会社

サイボウズは1997年、グループウェア「サイボウズ Office」を発売。以後、順調に業績を伸ばしてきました。しかし、業績好調にも関わらず2005年には離職率が28%にまで達し、組織や評価制度の見直しが急務になりました。離職の要因として最も大きいとされたのは、社員が一律に長時間労働を強いられていたことでした。

 

そこで取り組んだのが「多様な働き方」ができる制度づくりでした。その一つが、時間軸と場所軸から9パターンの働き方が選択できる「選択型人事制度」です。

また、「在宅勤務制度」、いったん離職してスキルアップなどを図ったあと復職できる「育自分休暇制度」、他部署に体験入部することができる「大人の体験入部」など、ライフステージの変化に合わせて働き方を選択できる制度を策定し、2020年には離職率35%にまで改善しました。

 

②楽天グループ株式会社

楽天は自社の評価制度をホームページ上で公開しています。そこには次のように記されています。

 

「楽天では、仕事のプロセスにおいて社員が発揮した能力(コンピテンシー)と残した成果(パフォーマンス)を基に、半年に1回、評価を行います。」

 

コンピテンシー評価の項目は「成功の5つのコンセプト」において求められる11の要素からなり、その評価によって月額給与、パフォーマンス評価によって業績賞与が決まる仕組みになっています。たとえば「成功の5つのコンセプト」の一つ「Professionalismの徹底」には、当事者意識、人材育成、チームビルディングの3項目があります。

 

ただ、この評価制度は一見すると成果主義のようですが、楽天では「成果能力主義」と呼んでいます。「成果能力」とは、成果とそれを実現するために発揮された能力を意味します。そのため、パフォーマンス(結果)の評価だけではなく、プロセス(過程)も重視しています。

 

③ロート製薬株式会社

ロート製薬の創業は1899年(明治32年)。長い歴史を持つ企業ですが「決して大企業とは思わず、一人一人がアイデアとスピードを持って戦う意識」を重視しています。

 

年に一度、社員自ら、自分が挑戦したい仕事を「My Vision Sheet」で申告。自ら手をあげれば社歴によらず新たなプロジェクトに参加できる仕組みがあります。昇格についても、まず自ら手をあげて一段上の仕事に挑戦し、成果を出すことで認められます。

 

2016年には、就業時間の一部を他部署の業務にあてる「社内ダブルジョブ制度」をスタートさせています。「社内ダブルジョブ制度」は、他部門と積極的に関わるというだけではなく、正式に兼務で仕事にあたる制度で、仕事の質の向上、個人の成長を後押しする制度です。

 

④花王株式会社

花王は成果主義の導入に成功した企業と言われてきました。その要因として、「人材育成と成果主義を一体化する」「自社や部門の実情に合わせ成果主義をカスタマイズする」「結果だけで評価せず、報酬にも極端な格差をつけない」など、柔軟な評価制度を構築し、結果主義に陥ることがなかったことがあげられます。

 

しかし、これまでの制度では目標に対する達成度100%が重視されることから、目標の設定水準が低くなる傾向が見られました。今回、花王が導入する人事制度は「OKRObjectives and Key Results)」と呼ばれる人事制度です。

 

OKRObjectives and Key Results)とは

OKRは「Objectives=目標」と「Key Results=主要な結果」を合わせ「目標と主要な結果」と訳されます。

IntelGoogleFacebookなどが取り入れて成果を生み、注目を集めました。目標を設定し、その達成に向けた取り組みを評価するという点ではMBO(目標管理制度)と似ていますが、大きな違いもあります。

 

MOBは目標を100%達成することが基準になり、100%に対し何%の達成度であったかが評価 されます。しかし、OKR6070%で目標達成とします。その分、チャレンジングな目標、意欲的な目標が立てやすくなり、目標に対する取り組み過程で社員一人一人能力を引き出すことにもなります。

 

・目標の達成期間についてもMBOが半年~1年であるのに対し、OKR4半期(1カ月の場合もあり)とスパンが短く、ビジネスの展開が早い業種・部門に向いています。

 

OKRは、チャレンジングな目標を設定するため、達成度100%は困難です。そのため、その旨を全社員に周知する必要があります。MB0の目標が上司と部下による共有であるのに対し、OKRでは目標が全社的に共有されるという違いがあります。

 

花王は、OKRによる意欲的な目標設定と社員のモチベーションの向上、目標達成に向けた取り組みにおける上司と部下、社員間の頻度の高いコミュニケーションや連携によって、組織の活性化や競争力の強化を図ろうとしています。

 

⑤株式会社メルカリ

OKRの導入ではメルカリが有名です。導入は2015年。日本ではOKRの情報が少ない中での導入でしたが、導入・運用にあたって自社に最も合った形にしました。

 

具体的には、メルカリが設定した自社のバリュー(価値)が実践できているかを一つの軸に、OKRで設定した目標達成に向けてのプロセスで見られた成果やパフォーマンスを、もう一つの軸において評価する仕組みです。

 

その一方、2021年には新しい人事評価制度を策定しました。新しい制度は、成果評価と行動評価の2本立てになっています。

 

その基軸になるのが「グレード」です。この「グレード」は、「期待される成果」を定義したうえで10段階に分けたものです。

成果評価は、該当するグレードで期待されている成果を達成できたかどうか、行動評価はメルカリグループが定めるバリューを実践できたかによって評価します。そして、成果評価は賞与に、成果評価と行動評価を総合したものが昇給に反映される仕組みになっています。

(メルカリのバリューとは、「Go Bold (大胆にやろう)」「All for One(全ては成功のために)」「Be Professional (プロフェッショナルであれ)」の3つです)。

 

以上、人事評価制度の導入事例や動向について見てきましたが、従業員数が50人を超えたなら人事評価制度を導入する必要があるでしょう。50人以上の規模になると管理職が直接、社員の業務を把握することが難しくなります。また、給与や賞与、昇級、処遇に関する公平感を維持するのが難しくなり、社員の一体感やモチベーションの低下を招く原因にもなります。

 

常に見直される人事制度には「廃止」もある

人事評価制度は時代や企業をめぐる環境の変化に応じて、手直しや改善が必要になりますが、評価制度そのものを廃止するケースも見られます。

 

2017年、三栄建築設計は人事評価そのものを廃止しました。その理由として大きかったのは、人事評価制度が社員の業績や能力の向上、企業の伸展に本当に役立っているか、という疑問でした。

 

具体的には、上司と部下の面談による評価が最終的にあたり障りのない評価に終わっているのではないかという疑問です。検討の結果、人事評価制度が形式化し、業績の向上にブレーキをかけていると判断し「廃止」に踏み切りました。そして、年に2回の定期的な評価面談を廃止し、4半期ごとに年4回、育成面談を行う体制にシフトしました。

 

こうした従来の人事評価制度の見直しは先進的な企業においても始まっています。GoogleMicrosoftなどが取り入れた「ノーレイティング」という手法もその一つです。「ノーレイティング=No rating」は、つまり格付けを行わないということです。

 

たとえば、一般的にMBO(目標管理制度)を導入している企業では、年1回の定期的な評価面談によって社員にABCなどの格付けを行い、格付けにもとづいて給与や賞与、昇級、また、等級による目標などが決定されています。しかし、ノーレイティングはそうした方法をとりません。期ごとではなくリアルタイムで目標を設定し、一定期間ごとではなくその都度評価が下される仕組みです。

 

人事評価を行わないということではなく、社員の格付けや年次の目標設定、評価という形式を廃し、その都度、リアルタイムで目標設定と評価を行うということです。上司と部下とのコミュニケーションの活性化やビジネス上の変化に迅速に対応できる点などがメリットです。

 

まとめ

人事評価制度について、その目的や日本における評価制度の変遷、また、評価手法や導入事例などを見てきました。人事は企業が存続する限りなくならないものですし、人事評価は企業の基盤となるものです。人事評価制度を導入し失敗した事例に共通しているのは、導入・運用にあたって「評価」が主になり、「人」を生かすという面がおろそかになっていたことです。

 

自社に最適な人事評価制度を構築することは容易ではなりません。社会保険労務士など人事制度および評価制度の専門家と共同で構築することをおすすめします。外部の専門家と共同することで、社内では「この点は大丈夫」と思っているところに落とし穴があったり、「ここがダメだからすべて修正しなければ」と考えているところに、改善策を施すことによって有効に機能するポイントが見つかるというケースも少なくありません。

 

これから人事評価制度を導入しようと考えている、あるいは、制度の修正・改善を検討しているなら外部の専門家にサポートを依頼することをおすすめします。